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落とした飴に群がる蟻をじっと見つめていました。
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というわけですっかり忘れてた日記の補完。1話+2話の二段構成。
わざわざ書き直したけどあんまり大差なかったっていう酷い話ですね。

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 駄菓子屋とは、戦場のど真ん中に建っているものと、そうでないものの二通りに分類することが出来る。これは前者──どこか遠い世界、銃弾飛び交う荒野に居を構えていた、小さく古臭い、ある店の話であるらしい。
 その店は、名を『町屋』と言った。扱う品は安価に等しい味の菓子類と、子供騙しの陳腐な玩具で、軒先には、日に一度は硬貨を詰まらせる遊戯台と、休憩用の長椅子が備えられている。
 駄菓子屋というものが存在する世界において、その構成要件を過ぎず欠かさず、取り立てて特筆する事もない。しいて挙げるとなれば、時空と世界を飛び越えて旅をすることが特徴と言えたが、それも空を渡っている間に限定された話であり、地に落ち着いた後では他の店と変わらない、ただの、戦地に佇む駄菓子屋でしかなかった。
 そんな、ありふれた店の窓から、店主である娘──町屋が、難しい顔で外を眺めている。球体カプセルに入った火の玉──手伝いの古銭も、本来は騒々しい口を噤み、大人しく、その体をめらめらと震わせている。
 今日もまた、店からそう遠くもない場所で煙が上がり、空を黒く染めていた。地を鳴らす轟音も日に日に数を増し、その度に店の物がかたかたと音を立てて震えていた。
 数ヶ月前は少ないなりに人が訪れることもあったものの、ここ一ヶ月に至っては、完全に客足が途絶えている。無理もない。この近辺に駐留していた軍隊が、進行してきた敵軍に押され、戦陣を引いてしまった。今では『町屋』が建つこの場所が、両軍が睨み合い、小競り合う境界線となっていた。
 そして、ほんの数秒前の事になる。黒煙の方向から飛んできた鉛の破片が窓を突き破り、町屋の鼻先数寸の距離を掠め、古銭の眼前で畳を抉った。
 店ごと吹き飛ばされる未来を想像し、これはいよいよかと二人が震え上がったとき、破れた窓から一通の招待状が舞い込んでくる。誰が寄越したものかも知れない。だが今の二人にとっては、神が伸べる救いの手にも等しかった。
 こうして『町屋』は、戦場のど真ん中に建っている駄菓子屋から、数多存在する、そうではない方の駄菓子屋となったのだった。

* * *

「見て見て古銭ちゃん。空が青いねぇ、落ち着くねぇ」

 軒先の長椅子に座った町屋が、腕を水平に広げ、静かに肩を上下させて息を吐く。仰ぎ見る先には黒煙の一筋も見られず、一面の青に、ぷかぷかと白い雲が浮いていた。風の音に混じって聞こえる波のさざめきは、気を抜いた拍子に、頭に重力の存在を思い知らせてくれる。時折かくりと舟を漕ぎ、はたと気がついて首を振る。さっきから、その繰り返しだった。
 断末魔と銃声の代わりに聞こえてくるのは、人々の賑わい、鳥の鳴く声、地面を無惨に荒らす戦車の轍も存在しない、緑で溢れた島の中──それが、あの案内状が導いた場所だった。一番の賑わいを見る遺跡の入り口周辺から僅かに外れ、『町屋』は、島の片隅に新たな居を構えている。

「命拾いしたねぇ、人心地だねぇ」

「まァあいつらも命拾いしたって思ってるさ、オイラの怒りが炸裂寸前だったかんね! そ
うなったらもう大変ってなもんでお前、オイラがちょいこらピューンと飛んでって奴らの弾
薬庫なんかに潜っていっちゃったりしちゃったら、そりゃあ凄まじい大惨事でブラジル人も
踊り出すんじゃねーのっていうね!」

「それは見てみたかったねぇ」

 あれだけ縮こまっていた古銭も、今ではすっかり元気なもので、店の周りを飛び回りながら、実の伴わない熱意を語り散らしていた。何時ものことだと笑って流し、町屋はまた頭を揺らす。本当に、昨日までの喧騒が夢だったかのように、のんびりと時間が流れていく。
 もう少し落ち着いたら、客を呼び込み、商売を始めよう。その前に、噂の遺跡というものを、軽く探索してみるのも面白そうだった。この島に来た当初、入り口からすぐの所だけを歩いてみたが、地下とは思えない青空、自然の多さに目を丸くしたものだ。これからの予定を思い描いた町屋は、瞼を眠そうに垂れ下げながら、自然と口元に笑みを浮かべている。

「お……」

「どうしたの」

 それまで忙しく騒ぎ立てていた古銭が不意に口を噤む。どこか遠くを見て、近くを見て、行き交う人々を見送っては首を傾げている。実際には首など存在しないので、頭を僅かに傾けたという方が正しいかもしれない。
 まどろみに引き込まれかけていた町屋は、眠たげに目元を擦りながら、急に黙り込んでしまった古銭を見つめている。こちらは首が存在するので、しっかりと、不思議そうに首を傾げていた。

「まっちゃんよ、コレはアレなんじゃないのかね」

「その呼び方は止めてね。……あれって?」

 尋ねはしたが、そこから先に会話が繋がらない。古銭はにわかに瞳を輝かせ、高々と舞い上がる。青空を背景に鋭利な弧を切り、円を描き、球体カプセルの曲面で風を流して、店の周囲を飛び回る。解りやすい歓喜の舞いだった。上半分が透明なカプセルの中で、めらめらと威勢良く炎を燃え滾らせる。

「コレはアレじゃないのさー! ひゃっほうついに来たよ来ちゃったよ! オイラぁちょい
と出かけてくっからさ、お前はお前で好きにしてたらいいと思うよ、靴を履くとき右足から
か左足からかとか、そんなことを存分に決めてたらいいさ!」

 留守を頼む手間すら惜しいと言いたげな忙しさで、矢継ぎ早に捲くし立てた古銭は、それきり町屋の返事も待たずに飛んでいってしまう。元々あまり大きくもない姿は、ぐんぐん小さくなっていき、やがて青空の粒となり、目視出来ない遠くへ消えていった。
 取り残された町屋を冷たい風が撫でていく。足下の草むらがざわめき、寝惚けたコオロギが跳ねた。騒々しい火の玉が消えた事で、辺りは静まり返り、遠くの波の音が戻ってきていた。目まぐるしく変化した状況についていけず、ぼんやりと首を傾げていた町屋だったが、やがて思考を取り戻し、ふと笑って腰を上げる。

「それじゃあ私も……お散歩するかなぁ」

 大きく伸びをして身中の気だるさを押し出す。まっすぐ伸ばした腕の先から、思考を霞ませるもやが抜けていくようだった。これからの予定を確かなものとするため、口に出して呟き、辺りを見回す町屋の目に、一人の少女が映った。小さな体に不釣合いな、大きな杖を引き摺って歩いている。銀色の髪が、陽光を受けて眩く輝いている。
 長い髪を揺らして歩く後姿を眺めていると、居ても立ってもいられなくなってくる。気がつけば、ふらふらと歩き出していた。手にしていた護身用の包丁を見咎められ、少女から声をかけられたのは、それから少し後のことだった。

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 一人の少女と、一人の少年──実際はそう呼ぶ歳でもないが、町屋にはそう見えている──二人の後をつけ回し、気がつけば遺跡の中に踏み入れていた。道中、助け合いの会合に顔を出したり、時々戻ってくる古銭をあしらったりしている間に、店から持ち込んだ駄菓子は数を減らしていた。
 今現在は、分かれ道の手前で足を止めていた。先には小さな森と砂地が見える。二人がどちらへ進むか話し合っている間、町屋は気ままに周囲をふらついていた。誰もが同じことを考えるらしく、辺りには大勢の冒険者が腰を据え、予定を相談したり、先の危険に備えて持ち物の点検をしているようだった。

「おいお前オイラが旅立ってる間にカワイコちゃん見つけてやがりますね」

 何度目か、町屋のそばへ戻ってきた古銭が、同行している少女に気がつき、声を潜めて話し掛ける。元来女好きである性が悪さをし、今にカプセルが溶けるのではないかと町屋が危惧するほどに、炎を赤く盛らせている。

「垂れ耳ちゃん可愛いねぇ。わたし、気味が悪いって言われちゃったよ……くふふ」

「お前はお前で頭の中がとても可愛いことになってやがりますね。何が嬉しいのさそれ」

 町屋は上機嫌だった。かねてより冒険というものは子供に許された魅惑の果実である。まさに今からそれに挑む二人、彼女達を見守り、手伝う立場に身を置けるということは、子供を相手取る駄菓子屋として、至上の喜びだと言える。
 どんな危険が立ちはだかるかも知れないが、そのときこそは自分が身を呈し二人を守る、そう心に誓い、包丁の握る手にも自然と力が入った。店の番をしなければならない身で、一時的な同行になりそうだということなど、すっかり頭から抜けている。

「テメェこら、美女美少女を見つけたらまずはオイラに紹介しなさいって何時も言ってるでしょ! 何でこの子は約束が守れないのかしらね、まったくもうプンプンしちゃう!」

「後でね。……冒険にはお化け退治が付き物だよ、古銭ちゃん」

 唐突に包丁を突きつけられ、忙しく動いていた古銭の口も、ぴたりと噤まれる。何事かと震え上がるが、町屋の左目は、その先──不気味に蠢く、緑色の影を見つめていた。遺跡内をうろついている間、時々目にしていた不可解な生物は、徐々にこちらへ近づいてくる。
 遅れて気がついた古銭が、町屋の背に姿を隠す。あまり、のんびり構えている時間はなさそうだった。

* * *

 その黒い影は、地を這うような鈍重さで遺跡外をさまよっていた。ぼろぎれを身に纏い、年齢も性別も定かではない。布の奥で光る瞳が、おぼろげに辺りを見回す。苦しげに息を吐く度、掠れた音が口から洩れ、肩が上下を繰り返していた。
 手にしたナイフは刃が欠け落ちて、何も傷付けられそうにない。柄には黒く乾いた血液がこびりつき、既に使い物にならなくなった凶器だが、それでも大事そうに、右手に握り締めている。
 やがて、影は足を踏み出せなくなり、草むらのかたわらに膝をつく。嗚咽のように息を喘がせ、掻き毟るように胸を押さえた。呼吸の度に引き攣り、細い笛の音を鳴らす気道を、甘い香りが舐めていく。
 匂いの元を辿り、顔を上げると、それは容易に発見出来た。膝をついたすぐの場所、目と鼻の先に存在した木造の建物──色取り取りの飴を詰め込んだガラスの瓶が、差し込む陽光を受けて、静かに輝いていた。

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